〔statement〕
「 杪夏 」 Byoka
「杪夏」 夏の終わり、晩夏。
写真家がフィルムに一瞬を捉える事ができるように、陶芸家は土によって「時」をとどめる事ができると私は思っています。陶土は、1240°Cという高温で焼かれた時、有機物としての生を終えます。焼成で無機物と化したやきものの時は止まり、残ったかたちは「抜け殻」となり、歳をとらないその姿は、私には幽霊のようにも感じられます。やきものは、何も起こらなければ永久に形を残す事ができる一方で、落としてしまえば一瞬で存在が消えてしまうという、儚さと永遠性のパラドクスを内包しており、その意味でも幽霊に近い存在なのかもしれず、私はそういった、メディウムとしてのやきものがもつ独特の背景に強く惹かれ、それに引っ張られるように作品を作り続けてきました。
佐賀県の有田という土地に生まれた私にとり、やきものは大変身近な存在でしたが、陶器には容れもの、という用途があり、したがって釉薬で表面を覆う事は必然で、装飾もそれにともないついてくるものでした。そのため、釉薬や色など、装飾のすべてを削ぎ取って、主題の形そのものを、写生するように陶土で形成し、ただ焼き締めて完成とすることは、誰の目にも未完に映るであろうことは明白で、その決断は自身にとって勇気のいる行為であり、背徳感すら伴うものでした。それから20年あまり、主題に変化はあれ、変わらず今のスタイルで作品を作っています。
今回ご縁をいただき、山と海、両方に囲まれたこの土地で、制作から焼成、展示までを行える幸運に恵まれました。現在の拠点であるイギリスをでて、久しぶりに過ごした日本での「時」を、小さな夏の断片を通して共有していただければ幸いです。
2024年9月 舘林香織
〔profile〕
舘林香織 京都市立芸術大学大学院卒。1996年ロンドンのRCAに交換留学後、2001年より移住し、ロンドンのスタジオで作陶を続ける。Tristan Hoare Gallery所属アーティスト。
photograph by Sophie Davidson